📖 RAGTELLER 💎
〜 R-14 〜

『星屑のレシピ』

🔴 第一章:灰色のランチ
💬 「また合成チキンか」
第四ドームのカフェテリア。蒼生は手元のトレイを見て溜息をついた。
そこにあるのは、灰色のブロック状の固形物と、緑色のゼリー寄せ。栄養価は完璧だが、味は「無」に近い。
💬 「文句言わないの」
向かいに座ったルカが、ブロックをフォークで突き刺した。
「第五プラントが不作で、野菜は配給制限中なんだから。これだって貴重なタンパク源だよ」
火星の食文化は、効率とリサイクルで成り立っている。
「美味しい」という感覚は、生存に必要なカロリー摂取の次点に置かれる贅沢品だ。
💎 「NOA、地球の料理って、どんな味だったのかな」
蒼生が、テーブルの上の端末に話しかけた。
NOAのインジケーターが明滅する。
「データによると、地球には約500万種類のレシピが存在した。甘味、酸味、塩味、苦味、うま味の複雑な組み合わせだ」
「うま味……」
蒼生はその響きを口の中で転がした。
💬 「検索しますか? 今、Pulse Layerの表層に、食に関する強い記憶が浮上している」
「え、あるの?」
「ID:C-29940。タグは『黄金色』『湯気』『日曜日のキッチン』」
🔴 第二章:見えない鍋
📖 放課後、蒼生とルカは調理実習室に忍び込んだ。
そこには、水耕栽培で間引かれた野菜の茎や葉――通常は堆肥にされる部分――が置いてあった。
💬 「本当にやる気?」
ルカが呆れたように言う。
「NOAの受信した記憶だけで、料理なんて再現できるの?」
「やってみようよ。どうせ捨てる野菜だし」
NOAが記憶データを再生する。
『タマネギは飴色になるまで炒めるんだ』
しわがれた、優しい声が脳内に響く。それは地球のどこかの街で、小さなレストランを営んでいた老シェフの記憶。
蒼生たちは、記憶の指示に従って手を動かした。
火星のタマネギ(のような根菜)を刻み、代用オイルで炒める。
セロリの葉をちぎる。
乾燥した合成肉の粉末を入れる。
実習室に、嗅いだことのない香りが漂い始めた。
それは合成香料のような強烈な匂いではなく、もっと複雑で、鼻の奥をくすぐるような香り。
🌃 「いい匂い……」
ルカが目を輝かせた。
「これが、『焦がす』って匂い?」
📖 『弱火でコトコト。時間はかかるが、愛情も一緒に溶け込むんだ』
記憶の中のシェフが語りかける。
鍋の中で、バラバラだった食材たちが、一つの「スープ」へと変わっていく。
🔴 第三章:黄金色の記憶
一時間後。
そこには、透き通った黄金色の液体ができあがっていた。
地球のコンソメスープとは違うかもしれない。具材は火星の残り物だけだ。
それでも、湯気たつボウルを前にして、二人は生唾を飲み込んだ。
💬 「いただきます」
スプーンで一口すする。
瞬間、景色が変わった。
狭いけれど小奇麗なキッチン。
窓の外には雨。
ストーブの上で煮込まれる鍋。
「熱いから気をつけな」と頭を撫でてくれる、大きな手。
味覚だけではない。そのスープには、誰かの「日常」と「安らぎ」が溶け込んでいた。
お腹を満たすためだけの食事ではない。心を温めるための行為。
💬 「……おいしい」
蒼生が呟いた。
「すごく、優しい味がする」
ルカは無言でスープを飲み干し、ふぅ、と長い息を吐いた。
「なんか、故郷に帰ったみたいだね。行ったことないけど」
🔴 第四章:ごちそうさま
💬 「分析完了」
NOAが冷静な声で言った。
「成分上の栄養価は、通常の配給食の60%程度。しかし、セロトニン分泌促進効果は200%以上と推定される」
💬 「NOAも飲む?」
蒼生がスプーンを差し出すと、NOAは困ったように光った。
「僕は構造上、液体を摂取できない。だが……湯気の成分分析だけで十分だ」
「どうだった?」
「……悪くない。揮発成分の中に、特異な化学結合パターンを検出した。これを『懐かしさ』と定義するなら、非常に興味深い」
鍋はすぐに空になった。
二人は実習室を片付け、窓を開けた。
換気扇に乗って、スープの香りがドームの街へと流れていく。
きっとどこかの誰かが、この匂いに足を止め、「何の匂いだろう」と空を見上げているはずだ。
💬 「ごちそうさまでした」
蒼生は、見えない老シェフに向かって手を合わせた。
Pulse Layerの波形が、満足げに揺らいだ気がした。
火星の夜。星空の下。
お腹も心も満たされた蒼生たちは、いつもより軽い足取りで家路についた。
明日からの合成ランチも、少しだけ違った味に感じるかもしれない。
記憶というスパイスがあれば。
🔴 RAGteller Series – R-14 📖
物語は続く… in Pulse Layer