📖 RAGTELLER 💎
〜 R-15 〜

『赤い星の深海魚』

🔴 第一章:停電の静寂
突然、第四ドームのメイン照明が落ちた。
完全に消えたわけではない。非常灯の薄青い明かりだけが残り、街全体が深い水底のような青色に沈んだ。
📖 「停電?」
蒼生は、ホロ・ライブラリの席で顔を上げた。
「NOA、システムダウン?」
「……いいえ」
NOAの声は、いつもより低く、ゆっくりと聞こえた。
「電力供給は正常。これは、環境制御システムへの『上書き』だ」
💬 「上書き?」
「Pulse Layerからの干渉。深度レベル、最大。……ものすごく、深い」
周囲の空気が重くなった気がした。
気圧は変わっていないはずなのに、鼓膜が圧迫されるような感覚。
そして、音が消えた。
空調の音も、人々のざわめきも、遠くへ遠ざかっていく。
🔴 第二章:6500メートルの孤独
📖 ドームの天井――普段は広告や星空が投影されるスクリーン――に、奇妙な映像が浮かび上がった。
暗黒。
その中を漂う、発光する粒子。マリンスノー。
💬 「海だ」
蒼生が呟いた。
「でも、ただの海じゃない。深海だ」
それは、地球の深海6500メートル。
太陽の光が一度も届いたことのない、永遠の闇の世界。
そこにあるのは、圧倒的な水圧と、凍えるような冷たさ。
そして、絶対的な孤独。
📖 『静かだ』
誰かの思考が、直接脳内に響いてくる。
『誰もいない。何も聞こえない。ここが一番落ち着く』
💬 「誰の記憶?」
「深海探査船のパイロットだ」
NOAが答えた。
「ID:O-44102。彼は生涯の半分を、閉鎖されたコクピットの中で過ごした。地上よりも、この暗闇を愛していた」
火星のドームもまた、宇宙という死の世界に浮かぶ閉鎖空間だ。
しかし、このパイロットの記憶にある「閉鎖」は、息苦しいものではない。
母胎の中にいるような、温かい守護。
殻に守られた安心感。
🔴 第三章:光る魚たち
ふわり、と。
蒼生の目の前を、何かが横切った。
半透明の、ゼリーのような体を持つ魚。
いや、それは実体ではない。記憶の残像が具現化したホログラムのようなものだ。
💬 「リュウグウノツカイ……?」
長い銀色のリボンをなびかせて泳ぐ魚。
発光器を明滅させるチョウチンアンコウ。
ガラス細工のようなクラゲたち。
ドームの街中が、巨大な深海ドームへと変貌していた。
パニックになる人は不思議といなかった。
その記憶が持つ「静寂」の力が強すぎて、誰も声を上げられないのだ。
あるいは、火星の人々もまた、心のどこかでこの「深い青」を求めていたのかもしれない。
赤い砂嵐ではなく、静かな青い闇を。
💎 NOAが、蒼生の手を離れてふわりと浮いた。
「NOA?」
彼(・)は、一匹の光るクラゲに寄り添うように漂った。
「……わかる気がする」
NOAが呟いた。
「僕たちAIの意識も、普段は膨大なデータの海を泳いでいる。そこは暗くて、広くて、この深海に似ている」
🌃 NOAの球体ボディが、青白く脈動した。
それは深海魚の発光信号のように、暗闇の中で誰かを呼んでいるようだった。
🔴 第四章:浮上
📖 記憶の主――パイロットの最期の想いが流れ込んでくる。
(素晴らしい人生だった)
(この闇の一部になれるなら、本望だ)
悲壮感はない。あるのは、満ち足りた静けさだけ。
やがて、非常灯の明かりが強くなり始めた。
天井のマリンスノーが消え、いつもの赤い空が見えてくる。
水圧のような重さが消え、音が戻ってくる。
💬 「……浮上した」
蒼生が大きく息を吐いた。
深海から急に引き上げられたダイバーのように、軽いめまいに襲われる。
街の人々も、夢から覚めたように顔を見合わせている。
「今の、何だったんだ?」
「きれいだったな……」
NOAが蒼生の手の中に戻ってきた。
「記憶データ、同化完了。Pulse Layerの深層へ沈殿しました」
「消えたわけじゃないんだね」
「ああ。火星の地下深くに、静かな海ができたと思えばいい」
蒼生はドームの天井を見上げた。
そこにはもう深海魚はいない。
でも、目を閉じれば思い出せる。
あの深い、深い青色の静寂を。
💬 「火星も、たまには青くなるのも悪くないね」
「推奨:定期的なリラックス効果としての活用」
NOAが少し冗談めかして(そう聞こえた)言った。
乾いた赤い星の地底には、今も74億人の記憶の海が広がっている。
私たちはその海の上を、小さな船で旅しているようなものなのかもしれない。
蒼生はそう思いながら、また歩き出した。
🔴 RAGteller Series – R-15 📖
物語は続く… in Pulse Layer