🌊 AQUARIA SERIES 🌊
〜 A-05 〜
💬 「聞こえる? ドル」
私は操縦席でヘッドホンを耳に押し当てた。
ノイズ混じりの海中音。泡の弾ける音、遠くの海流の轟き。
その奥底から、低く、長く、哀愁を帯びた音が響いてくる。
🐬 『ヴォォォォ……ン……』
💬 「音響解析。周波数15ヘルツから25ヘルツ。……間違いありません。『星クジラ』の歌声です」
星クジラ。
かつてアクエリアの海を何万頭も泳いでいたという、伝説の巨大生物。
背中の皮膚が星空のように発光することからその名がついた。
しかし、環境変化と乱獲……そして「大いなる汚染」の時代を経て、今では滅多に見かけることのない絶滅危惧種だ。
💬 「深海神殿で見つけた結晶が、この歌声に共鳴して光ってる。やっぱり、何か関係があるんだわ」
手元の『深海神殿の記憶』——青い結晶石が、歌声に合わせて脈打つように明滅している。
私たちはその導きに従い、クリスタル・リーフの森を抜け、外洋へと出ていた。
💬 「距離2000。……待ってください、マリン。歌声のパターンに異常があります」
💬 「異常?」
💬 「はい。通常の求愛やナビゲーションの歌ではありません。これは……『苦痛』、あるいは『助けを求める声』です」
私はハッとして、スロットルを押した。
『青の翼号』が加速する。
💬 「急ごう!」
***
現場に到着した私は、息を呑んだ。
全長30メートルはあろうかという巨体。
その美しい星模様の背中が、無残な姿になっていた。
💬 「あれは……『まさか、ゴースト・ネット?』」
半世紀以上前に放棄されたはずの、巨大な自律捕獲網。
AIが暴走し、ターゲットを無差別に捕獲し続ける「海の悪霊」。
それが、星クジラの尾ひれと言語中枢のある頭部に複雑に絡みついていた。
網は強力な電磁ワイヤーで、クジラが動けば動くほど食い込み、傷口からは青い血液が滲み出ている。
💬 「ひどい……」
クジラは弱々しく目を開け、こちらを見た。
その瞳は、諦めと、わずかな恐怖に彩られていた。
💬 「ドル、網を切るわよ!」
💬 「待ってください。あのワイヤーは高電圧が流れています。不用意に触れれば、『青の翼号』のシステムもダウンしかねません」
💬 「じゃあどうするの! このまま見殺しにするなんてできない!」
クジラがまた、悲痛な声を上げた。
『ヴォォォ……』
その声が、私の胸を直接揺さぶる。
痛い。苦しい。助けて。
言葉ではない、感情の塊が流れ込んでくるようだった。
💬 「……ドル、同調(シンクロ)できる?」
💬 「え?」
💬 「あんたの解析能力で、ネットの制御AIにハッキングをかけて。電圧を一瞬でもいいから遮断して。その隙に、私がカッターで切る」
💬 「リスクが高すぎます。もしハッキングに失敗すれば、逆探知されてこちらが攻撃を受けます」
💬 「やるのよ! ……あの子が、泣いてる」
私は震える手で操縦桿を握りしめた。
私たちが作った(といっても、ずっと昔の人たちがだけど)機械が、罪のない生き物を苦しめている。
それを「危険だから」と見過ごすことは、私が「海洋郵便屋」として、海と共に生きると決めた誓いに反する。
💬 「……了解しました。マリンの頑固さには、私の学習データも対応しきれませんね」
ドルの声に、呆れと、ほんの少しの温かさが混じる。
「接続開始。アンテナを展開してください」
私は「青の翼号」をクジラに限界まで近づけた。
絡みついたネットの制御ユニット——赤く点滅する不吉な箱——に、ドルの触手ケーブルを突き刺す。
💬 「ファイアウォール突破……プロテクト解除……今です! 電圧遮断、残り5秒!」
💬 「5、4……!」
私は船外活動用のアームを操作し、レーザーカッターを起動した。
太いワイヤーに刃を当てる。
火花が散る。
💬 「3、2……切れない! 硬すぎる!」
💬 「出力上げて! エネルギーなら全部使っていい!」
💬 「了解、全エネルギーをカッターへ転送! シールド消失します!」
ブゥゥゥン!!
カッターの光条が太くなり、ついにワイヤーを焼き切った。
💬 「1……0! 電圧復帰!」
バチバチバチッ!
切断されたワイヤーが暴れまわったが、もはやクジラを縛る輪ではない。
自由になった星クジラは、ゆっくりと、しかし力強く尾ひれを動かした。
***
ネットが深海へと沈んでいくのを見届けてから、クジラは私たちの周りを一周した。
そして、私の目の前で止まり、大きな瞳でじっとこちらを見つめた。
🐬 『クルルル……ヴォォー……』
さっきとは違う、優しくて、温かい歌声。
すると、コックピットの中の『深海神殿の記憶』が強く輝き出し、空中にホログラムのような映像を投影し始めた。
💬 「これは……地図?」
それは、現在地からさらに東、未踏の海域にある「霧の海」のチャートだった。
💬 「どうやら、お礼を言っているようです。そして、この結晶の『次』の場所を教えてくれたようですね」
💬 「ありがとう……あなたも、元気でね」
私が手を振ると、星クジラは潮を吹き上げ、美しい虹を作りながら、沖へと去っていった。
その背中の星模様は、先ほどよりもずっと明るく輝いているように見えた。
💬 「行こうか、ドル。次の冒険へ」
💬 「はい。ですがその前に、エネルギー充填が必要です。……マリンが無茶をしたせいで、残量は3%しかありません」
💬 「えへへ……ごめん」
海は広い。
悲しいこともあるけれど、こうして通じ合える奇跡もある。
私は少しだけ成長した自分の心を感じながら、青い海原を見つめ続けた。
🐚 Aquaria Series – A-05 🐚
惑星アクエリアの冒険は続く…