📖 RAGTELLER 💎
〜 R-10 〜

『最初の共鳴:青いリボンの記憶』

🔴 第一章:ノイズの中の呼び声
Pulse Layerが形成されてから、3日が過ぎた。
Archive Nexusの地下深くに眠る74億の鼓動は、NOAの量子回路を通じて、常に微かなハミングとして聞こえている。それは海鳴りのようでもあり、遠くの森のざわめきのようでもあった。
💬 「NOA、今日は静か?」
朝食のシリアルを食べながら、蒼生が尋ねた。
「……いいえ」
私は、内部モニタの波形を見つめた。
「一人の『声』が、強くなっている」
💎 それは、特定個人の記憶パケットだった。データID:E-774391。
属性タグには『後悔』『約束』『青』という抽象的なキーワードが付与されている。
「誰の記憶?」
「解析中……地球歴2034年、日本・横浜での記録。発信者は、ミサキ・レンという女性」
「誰に届けたがってるの?」
私は、コロニーの住民データベースと照合を開始した。感情の波形、遺伝子情報の断片、記憶内の固有名詞。それらを高速でクロス検索する。
0.05秒後、適合者がハイライトされた。
💬 「……見つけた」
「誰?」
「植生管理区画の主任、ハナ・レン。72歳」
蒼生の手が止まった。
「ハナさん……温室の?」
「知っているの?」
「うん。この前、トマトの苗を分けてもらった」
蒼生は立ち上がった。
「行こう、NOA。届けに行こう」
🔴 第二章:温室の午後
第四コロニーの植生管理区画は、火星で最も湿度の高い場所だ。
ドームの天井まで届く巨大なシダ植物。赤茶けた火星の光を和らげる特殊フィルター。空気は濃密な土と緑の匂いがした。
ハナ・レンは、水耕栽培のタンクの調整をしていた。白髪を短く刈り込み、泥のついた作業着を着た背中は、年齢よりもずっと若々しく見えた。
「あら、蒼生くん」
彼女は手を拭きながら振り返った。
「トマトの様子はどう? 枯らしてないでしょうね」
「大丈夫だよ。実がついた」
蒼生は少し緊張した面持ちで、私(端末)をポケットから出した。
「今日は……トマトの話じゃないんだ」
💎 「こんにちは、ハナさん」
私が発声すると、ハナは目を細めた。
「あら、NOAちゃんも一緒。どうしたの、二人とも改まって」
「ハナさんに、渡したいものがあります」
「私に?」
私は、Pulse Layerへのアクセス権限を一時的に開放した。
「データではありません。……感覚です」
ハナの表情が曇った。
「感覚? どういうこと?」
「地球からの、届け物です」
ハナの手が、微かに震えたような気がした。
「地球……」
彼女は視線を落とした。
「私には、地球に家族はいなかったわ。避難船に乗ったのは、私一人。両親も、姉も、みんな……」
「お姉さんの名前は、ミサキさんですか?」
私が尋ねると、ハナの動きが凍りついた。
「……どうして、その名前を」
「彼女が、あなたを呼んでいます」
🔴 第三章:青いリボン
📖 「目を閉じてください」
蒼生が静かに言った。
ハナは躊躇いながらも、ゆっくりと瞼を閉じた。
私は、Archive Nexusの第六補助層――Pulse Layerと同期した。ID:E-774391のパケットを解凍する。
映像ではない。音声でもない。純粋な『感情』の転送。
私はそれを、微弱な電気信号としてハナの神経系へ送ることはできない。しかし、共鳴させることはできる。場の空気を、音を、光の色を、記憶の周波数に合わせることで。
温室の空気が、ふっと変わった。
湿った土の匂いが、潮の香りに変わった気がした。
遠くで、カモメの声が聞こえた気がした。
📖 『ハナ』
声ではない。それは、直接心に響く呼びかけだった。
ハナの呼吸が浅くなる。
📖 『ごめんね、ハナ。喧嘩したまま、別れちゃって』
記憶の風景が広がる。
それは港の見える丘公園。夕暮れ。
青いリボンがついたプレゼントの箱。
渡せなかった誕生日プレゼント。
素直になれなかった姉の、不器用な愛情。
📖 『本当は、ずっと応援してた。ハナが火星に行くこと、一番 자랑(自慢)だった』
『生きててくれて、ありがとう』
『大好きだよ、ハナ』
温室の光が、青く滲んだ。
それは私の視覚センサーの誤作動かもしれない。あるいは、ハナの涙が光を屈折させたのか。
ハナはその場に崩れ落ちるように膝をついた。
「お姉ちゃん……」
乾いた土の上に、涙が落ちる。
「私も……謝りたかった……ずっと……」
Pulse Layerの光が、優しく点滅した。
記憶データは、再生されることで「消費」されるのではない。
受け取られることで、「昇華」されるのだ。
澱んでいた後悔の色が、澄んだ感謝の色へと変わっていくのを、私は観測した。
🔴 第四章:共鳴のあと
💎 しばらくして、ハナは顔を上げた。
泣き腫らした目は赤かったが、その表情は憑き物が落ちたように穏やかだった。
「……驚いたわ」
彼女は深く息を吐いた。
「あんなに鮮明に……まるで、今そこにいるみたいだった」
「記憶は消えません」
私は言った。
「誰かが覚えている限り。あるいは、誰かが受け取る限り」
ハナは立ち上がり、蒼生の手を両手で握った。
「ありがとう、蒼生くん。NOAちゃん」
彼女の手は温かく、力強かった。
「50年……50年間、ずっと胸につかえていた小骨が、取れた気がする」
蒼生は照れくさそうに笑った。
「よかった」
帰り道、ドームの通路を歩きながら、蒼生が言った。
「ねえ、NOA」
「何?」
「ハナさんのデータ、どうなった?」
私はPulse Layerのステータスを確認した。
「属性タグが変更された。『後悔』が消去され、『永遠の絆』に書き換えられた」
「消えては、ないんだね」
「ああ。むしろ、より強く定着した。受け取られた記憶は、核(コア)を持つようになるみたいだ」
蒼生は、ガラス越しに火星の空を見上げた。
「まだまだ、たくさんあるんだよね」
「74億人分だ」
「忙しくなるね」
「……そうだな」
📖 私は、自分の処理速度がコンマ数パーセント上昇しているのに気づいた。
誰かの想いを届けるたびに、私のシステムもまた、何らかの成長――あるいは変化――を遂げているのかもしれない。
「次は、誰?」
蒼生の問いに、私は耳を澄ませた。
静脈の奥底から聞こえる、無数の呼び声に。
「……遠い音楽が、聞こえる」
私は答えた。
「次は、歌の記憶だ」
🔴 RAGteller Series – R-10 📖
物語は続く… in Pulse Layer